<舟を編む>

製作:平成25年(2013年)
出演者:松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー など
辞書の編集者の物語ですが、面白かったです。編集者と聞きますと、昨今は評判が悪いですが、もしかしたならこの映画の主人公のような人が本来の編集者像なのかもしれません。編集者の評判を落としているのは、言わずもがなですが、あの「セクハラでかすり傷を負った天才編集者」のせいです。

この天才編集者氏のやり口を簡単に言ってしまいますと、著名人と親しくなって名前を使う許可を得て本を出版する手法です。なにしろ某著名経営者の本を出版するにあたり、「本人は一文字も書いていない」と編集者自らが豪語していました。著者が書いていない本がまかり通る出版業界は異常です。

昔、養老孟司さんの「バカの壁」が大ベストセラーになったことがありますが、この本も著者は一文字も書いていません。ですが、最初から「聞き書き」であることを伝えています。初めからこのように書いてあるなら非難は当たりませんが、ゴーストライターの存在を認めながら、著名人が著者の名前で出版するのは一般社会の常識からしますとモラル違反です。

今回の騒動でたまたま編集者という仕事に対して疑問の目が向けられましたが、以前より編集者に対して異論を向けていた漫画家さんがいました。その方のネット記事などを読みますと、大分昔から編集者さんに人生を台無しにされた無名漫画家さんがいたようです。

編集者という仕事は作者の生殺与奪権を握っていますので、作者からしますと上司というよりは権力者という言葉が似合います。「権腐十年」という言葉があるように、権力を持っていますと自然に傲慢になっていきます。

編集者は自分が腐っていることに気がつきにくい立場にいます。自分にペコペコ頭を下げる人に囲まれているので、よほど自戒に優れている人でなければ腐ることから逃れることはできません。もちろん真面目な編集者さんもいますが、天才編集者氏は典型的な腐ったほうの編集者の姿です。

この映画の主人公は腐った編集者とは真逆の真面目な編集者です。僕の想像では、小説の著者である三浦しおんさんは真面目な編集者さんに対する憧れがあったのではないでしょうか。以前、ベストセラーを連発している宮部みゆきさんが「新人時代の編集者に対する怒り」をなにかで語っていましたが、おそらく作家といわれる人たちはほとんどの人が腐った編集者と出会った経験があるように思います。

それはともかく、主人公の松田龍平さんは魅力を余すことなく出しています。時期的にはNHKの朝ドラ「あまちゃん」と被っていますが、素朴で純粋で天然な演技をさせたら天下一品です。

ほかの人の評価を意識するのではなく、本当にいい作品(辞書)を作りたいという純粋な気持ちの持ち主でなければ十数年という長期間もかけて取り組むのは不可能です。「純粋に勝るモチベーションはない」ことを教えてくれる作品です。

追伸:又吉直樹さんが本当に「ちょい役」で出ています。

映画って本当に素敵ですね。