ホテル・ムンバイ

2018年製作/123分/R15+/オーストラリア・アメリカ・インド合作
監督:アンソニー・マラス
出演者:デブ・パテル、アーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ

あらすじ
身重の妻と小さい娘がいるアルジュン(デヴ・パテル)は、インド・ムンバイの五つ星ホテル、タージマハルで、厳しいオベロイ料理長(アヌパム・カー)のもと給仕として働いていた。2008年11月26日、ホテルには生後間もない娘とシッターを同伴したアメリカ人建築家デヴィッド(アーミー・ハマー)や、ロシア人実業家のワシリー(ジェイソン・アイザックス)らが宿泊していた。(シネマトゥデイより引用)

「手に汗握る」という表現がありますが、この映画はまさにこの表現が当てはまる映画でした。しかも中だるみが全くなく、そのまま終わりまで突っ走っている映画でした。実話が元になっているそうですが、そのことも「手に汗握る」気持ちを高めていたのだと思います。映画の最初の部分で「実話」と解説されているのですが、そうした意図があったのかもしれません。ちなみに、こうした事件があったことが僕の記憶にはありませんでした。

犯人はテロリストですが、そのテロリストを育てのは過激なというか、過った宗教でした。その言葉に踊らされている若者がかわいそうでなりません。映画の中でテロリストを「少年」と表現していましたが、この映画もそれを言いたかったのではないでしょうか。世の中のことをまだよくわからない状態で洗脳された少年ほどかわいそうな存在はありません。

その意味で言いますと、「いかに教育が重要か」を思い知らされる映画ともいえます。この映画では洗脳されたのは少年でしたが、少年以外でも洗脳の被害に遭っている人はいます。昔、ある有名なジャーナリストの娘さんがある大きな新興宗教に洗脳されてマスコミで大々的に報じられたことがあります。

この騒動で注目されたのは、洗脳された女性が30代半ばで、しかも朝のワイドショーの司会まで務めていたことです。ワイドショーの司会まで務めるのですから、それないの教養も知識も常識も備えていたはずです。それにもかかわらず、洗脳されたことに注目が集まりました。

このときに娘さんを立ち直らせるべく行動を起こしたのは、父である著名なジャーナリストでした。恥ずかしがることもなく、堂々とマスコミに出て「娘を助け出す」と公言していました。最終的には娘さんはその宗教から脱することができたのですが、これもお父様のご尽力によるものです。

そのほかにも有名なロックバンドのボーカルが洗脳された事件もありました。この事件はワイドショーなどでも詳細に報じられましたが、普通の人では信じられないような宗教の洗脳方法が注目されました。最近は、宗教関連の事件が報じられることはあまりありませんが、怪しげな宗教がなくなったわけではありません。各自が常に世の中の動きに注意を払っておくことが大切です。

映画に話を戻しますが、よく「ドラマと映画の違い」について語られることがありますが、この映画はその「違い」を一瞬で分からせる内容になっています。ひと言で言いますと、「スケール」です。「予算」と行ってしまいますと身も蓋もありませんが、大々的なんスケールの映像を作るための予算があるか、ないかが「映画とドラマの違い」といえそうです。

映画の出演者について感想を書きますと、僕が最も印象に残ったのは主人公のひとりである給仕の男性が解放されたあと、自宅まで原付で戻るときの表情です。僕は常々、本当の演技力は「演技をしないこと」と思っていますが、ただバイクのハンドルを握っているだけで誰と話すわけでもなく、ただ前を向いているだけの演技ですが、これが本当に秀逸でした。

昔「卒業」というダスティン・ホフマンさんが主演した青春映画がありましたが、その最後の場面は結婚式の最中に花嫁を連れ出したホフマンさんと花嫁がバスの最後部で座っているだけの映像でした。このときのただ前方を見ているだけの演技がすばらしかったのですが、それを思い出させる演技でした。

それにしても、今でも原理主義者が年端もいなかい少年を洗脳して、テロを起こす事件が起きていますが、世の中で最も大切なことは「治安と教育」と思わずにはいられません。

それでは、また。

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